塞について

塞が登場したのは中国史料の『漢書』西域伝においてであり、それまでの『史記』には一切登場しない。以下は『漢書』西域伝の罽賓国の条と烏孫国の条である。
罽賓国の条「昔匈奴は大月氏を破り、大月氏は西の大夏で君主となり、塞王は南の罽賓で君主となった。塞種は分散し、数国となった。疏勒より西北では、休循・捐毒の属(やから)となり、皆故に塞種なり。」
烏孫国の条「本(もと)は塞の地なり、大月氏は西の塞王を破って敗走させ、塞王は南の縣度(けんど)を越え、大月氏はその地に住み着いた。後に烏孫の昆莫が大月氏を撃破すると、大月氏は西に移って大夏を臣従させ、烏孫の昆莫はこれに住み着き、故に烏孫の民には塞種・大月氏種がいると云う。」

つまり、イシク湖周辺の地域(現在のキルギス)にいた塞民族は、匈奴(老上単于)の攻撃によって逃れてきた大月氏により追い出され、縣度(パミール高原・ヒンドゥークシュ山脈)を越えてガンダーラ地方に罽賓国を建てた。また、分かれてパミール山中に休循国・捐毒国を建てた者や、残って烏孫国に属した者もあったという。

「塞」の発音について、『漢書』張騫伝の顔師古の注では、「即ち仏経の謂う所の釈種とは、“塞”・“釈”の声(発音)が近く、本は一姓と聞く。」とあり、唐の顔師古は塞族と釈迦(シャーキャ)族がもとは同じ民族であったとしている。サカ人や塞人の起源がインド北西部にあることから、考慮に値する説と言える。

また、発音上この塞民族とサカ族を同一視する「塞=サカ説」が、E.J.Rapson『The Scythian and Parthian Invaders』(1922年)、W.W.Tarn『The Greeks in Bactria and India』(1938年)、A.K.Narain『The Indo-Greeks』(1962年)、白鳥庫吉『塞民族考』などによって議論されており、広く通説となっている。しかし、小谷仲男氏が『ガンダーラ美術とクシャン王朝』(1996年)において塞民族は存在しなかったと主張したように、一部には否定的な者もいる。イオニアという地名は、先祖であるイオニア人に由来する。それまでイオニア人は、ギリシア本土とアナトリア半島の間にあるエーゲ海の島々に住んでいたが、アッティカ(最も重大なのはアテナイ)および現在のトルコ地方の両方に移住し、植民地を建設していた。

イオニア地方は、北はヘルムス川(現・ゲディズ川)河口近くのポカイア(現フォチャ)から、南はメアンデル川(現・メンデレス川)の河口近くのミレトスまでの狭い沿岸と、キオス島、サモス島から成り、北をアイオリス(アイオロス)、東をリディア、南をカリアに囲まれていた。この地方の都市は、ペルシア帝国とギリシアとの衝突で重要な役割を持っていた。

古代ギリシア人の言い伝えによると、イオニア地方の諸都市はエーゲ海の反対側からやってきた植民者によって建設された。その植民はアッティカのイオニア人たちの伝説と深く関係していて、最後のアテナイ王コドロスの息子、ネイレウスおよびアンドロクロスが率いての植民だったという。

後世の年代学者たちはこれを「イオニア人の移動」と呼び、その時期は、トロイア戦争の140年後、あるいはヘラクレスの息子たちヘーラクレイダイ(Heracleidae)のペロポネソス半島への帰還の60年後と見なしている。1910年、当時の研究者たちは、正確な時期はともかく、イオニア地方が比較的遅くギリシア化したという、ギリシア人たちに伝わる通説に賛成した。その時期は、ドーリア人の侵入と拡大以後、また、初期エーゲ時代以後にあたる。

紀元前7世紀、遊牧騎馬民族のキンメリア人がリディアをはじめ小アジアの大部分を侵略した。キンメリア人はメアンデルのマグネシアは略奪できたものの、エフェソスの攻略には失敗した。

紀元前700年頃、今度はリディアのメルムナス朝の始祖ギュゲス王がスミルナとミレトス一帯を侵略した。その息子アルデュスがプリエネを落とした時には、既にコロフォンもリディアのものになっていたと言われている。長い服従の時代が続いた。紀元前547年、リディアは滅亡したが、それで終わったわけではなかった。リディア王クロイソスを打ち負かした大キュロスが引き続きイオニアを支配したのである。他のアジアのギリシア人都市とともに、イオニア地方はペルシア帝国の属領となってしまった。首都から遠いところにあったので、ある程度の自治は許されたが、統治する僭主は全員ペルシア王の手下だった。
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